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ラム・お知らせ

暮らす旅スタッフの京都に関するコラム、
お知らせや京都の催事・イベント情報など随時掲載していきます。

大晦日の夜に

2018.12.31 |

もう少し早くアップするつもりが、すでに大晦日。

この1年をふりかえれば、1月に福太郎さんにお茶を習うことにして、

月に一度京都に通うようになりました。

忘年会の一コマ。なんでも絵にする、ろうそくのあかり。

予習も復習も不十分な不肖の弟子ゆえ、先生には迷惑をかけてばかりですが、

12月なかばに忘年会があって、弟子たちが初めて顔をあわせる良い機会でした。

現在4組弟子グループがあり、それぞれの稽古の様子を訊ねると、

初めの掃除は共通ですが、あとはバラバラ。

おじぎや碁石の置きとりなどの筋トレがメインのチームもあれば、

古参の弟子チームは碁石は見た事がなく、ましてや中指を合わせて相手の動きについて行くダンスは

是非一度やってみたいそうで、あらためてユニークな福太朗さんの稽古に弟子一同感心しました。

 道具がないどころか、お茶を介さなくても、「茶の湯」の意味や感動をさぐる

福太朗さんならではのアプローチは、「お茶」の姿を剥き出しにするのかもしれません。

 

翌日は、午前中永観堂そばの吉田市蔵さん茶席にうかがい、午後は稽古に行きました。

掃除が終わって座る筋トレのあと、みかんがそれぞれの目の前に置かれました。

「みかんであると言葉で認識しないで、みかんを知らない子供が初めて目にした時の心で受け止めてみてください」

と福太朗さん。

赤味がかった黄色い丸い物体はみかん以外のものとして受け止めることは最早できませんが、

障子越しの光りのあたり方や、陰の落ち方、表面の凸凹など、普段は当然のものとしてよく見ることのないみかんを

たっぷりと観察している自分に気付きます。

次に出て来たのはクシャクシャにしたラップで、ゴジラに似ているとか、反射してキラキラと光る様子を眺めることになります。

 

この体験をあえてお茶に当てはめれば、出された道具を観賞する心構えともいえますが、

解説なしで芸術と向き合うように、結局は受け手の力量が問われるのだと思いました。


京都はお茶でできている』で生まれた縁ですが、どこまで広がっていくのかますます楽しみです。


あとわずかで新年ですが。みなさまいつもお付き合いいただきありがとうございます。

よいお年をお迎えください。


 

もみじの永観堂から鴨川へ

2018.11.21 |

永観堂のそばに暮らす茶人の月釜に初めて参加しました。せっかくだから紅葉見物もと早めに着くと、永観堂の門前はすでに黒山の人だかり。台風の影響から、今年の紅葉はもうひとつかもしれませんが、放生池越しに多宝塔を望む風景はさすが「もみじの永観堂」。みかえり阿弥陀にお詣りして、月釜へ向かいました。

 

亭主は、『京都はお茶でできている』で月釜情報を教えてくれた吉田市蔵さん。勤めをもちながらも、長年朝活で大徳寺や法然院、平安神宮等で開かれる月釜に参加されてきた方です。この春定年退職されたあと、自宅茶の間に炉を切り、念願だった茶人の暮らしを始めたのです。

 

毎月1週間ほど開く月釜には毎月100人近い来客を迎えるとか。当日10時半の席にはお客様は6人。その中でおふたりは暮らす旅舎の本の取材でお世話になった方でした。栖鶴居は、元は八百屋さんで吉田さんが生まれ育った家です。店の部分を待合として、山水の襖絵を路地の景色にみたて、茶室へ入ります。

 

虫食い跡が味のある炉縁や、庵の名とした「栖鶴」の扁額も、自ら古材フェチと話す吉田さんの発見物。学生時代にはじめたという藪ノ内流の点前で、裏千家の点前との違いを聞きながら、美味しく二服いただきました。道具を拝見したのち、参加客に配られたのは紙と筆記用具。軸の解説が始まります。

 

           大綱(だいこう)
紅葉乃比(ころ)栂尾尓天(にて)
都人たかおたかおと のぼるかな
とがの尾山乃 秋を知らねば

 

吉田さんによれば、軸は江戸後期の大徳寺の大綱宗彦(そうげん)の詠草(歌を書いた紙)で、歌人として知られ、茶の湯のたしなまれた禅僧だそうです。

「京都で一番の紅葉の名所は高雄神護寺。でももう少し足を延ばしたらもっと美しい栂尾高山寺があると大綱和尚は歌に詠んだ」と教えてくれました。

素人には軸は何が書かれているかたいていわからず、その場で説明を受けても、たいがい忘れてしまう。吉田さんは自身の経験から、軸を写真にとって、読み方と意味をメモしてもらえば、ずっと理解が深まり楽しみも増すと考えたそうです。

 

帰り際、愛用の茶箱をみせていただき、次の機会を楽しみに別れを告げました。次に向かったのは平安神宮に近い、現代アートのMORI-YUギャラリー。白夜の光を描いたようなミニマルな風景画が素敵な小栁仁志さんの個展をのぞきました。作品は以前から知っていましたが、小栁さんに会うのは初めてでした。

 

昼食後は、建仁寺両足院の「京焼今展2018六根清浄」へ。今回は陶磁と植物がテーマで、盆栽研究科家の植栽家川﨑仁美さんのトークイベントが聞けました。盆栽鉢の役割と重要性をうかがいましたが、松を大胆に描き、盆栽の紋をいれた川﨑さんの着物姿も素敵でした。陶芸家かのうたかおさんの作品も見応えありました。

 

 


して仕上げは京都下鴨にある川口美術。開業25周年を迎え今年、毎回力の入った展示を企画されています。この日は25周年記念茶器展Part2杉本貞光茶器展を開催していました。信楽に窯をもつ杉本さんは、信楽、伊賀、楽、高麗、美濃と桃山文化の茶陶に学び、わびさびを追及されてきた茶陶人です。翌日の最終日は、三井別邸の茶室で、中山福太朗が亭主を務める茶会開かれたのですが、参加できず残念。店を出ると、鴨川はもう夕景色でした。

 

川口美術では、12月1日から『京都はお茶でできている』で紹介した市川孝さんの茶車展が開催されます。

 


撮影/田中幹人 

山崎か大山崎か

2018.06.20 |

一昨日近畿地方の地震があり、被災された皆さまには心からお見舞い申し上げます。

震源地に近い大山崎には先日訪れたばかり。待庵にも被害があったとニュースで知りました。

 

今回の京都では、三条木屋町にある大好きな韓国料理店「しるら」のお別れ会に参加しました。長岡京で6年、ここで19年。おいしい料理と温かいサービスにぞっこんの皆さんが集ったアットホームな会でした。近く山科で再開するとのこと。楽しみです。

  妙喜庵


さて翌日は京都駅からJR京都線で15分。山崎駅に降り立つと、左手すぐに国宝の茶室、待庵がある妙喜庵があります。とはいえ見学するには事前に申し込みが必須。

 

駅前から無料送迎バスにのって、大山崎山荘美術館へ行きました。ウイリアム・モリス展が開催中で、チューダー・ゴシック様式の建物に、モリスの壁紙やテキスタイル、家具、書籍などがよく似合っています。

安藤忠雄設計の地下ミュージアムにモネなどの作品も見ましたが、これはちょっと作品数が物足りない感じでした。庭園散策はお勧めです。

大山崎山荘の庭園

 大山崎山荘のベランダからの眺め。正面のこんもりした男山に岩清水八幡宮がある

 

 ここは秀吉と光秀が対した山崎の合戦の地で、天下分け目の天王山の頂上へはあと40分ほど歩かねばなりません。くじけてしまい秀吉が本陣をおいた宝積寺に行きました。待庵は千利休がこの陣内に作り、のちに移築されたといわれています。建築史家の藤森照信さんは、利休が宝積寺にあった阿弥陀堂を利用したと推察していますね。

寺には本尊の十一面観音像のほか、閻魔大王と眷属の像や大黒様が拝見できます。閻魔大王らの像は、小野篁作とも伝えられているようですが。真偽は不明です。画像はホームページからご覧ください。

 

 山を下りて向かったのはサントリー山崎蒸溜所。アポなしでしたが、次回は必ず予約してくださいといわれつつ、山崎ウィスキー館に入場できました。有料の工場見学はホームページからの予約が必要です。連続テレビ小説『マッサン』の効果なのかと思いましたが、ここも海外観光客が目立ちます。日本ウィスキーの評価が高まっている証拠かと思いました。

 試飲コーナーではめったに飲めない山崎25年物などをチャレンジ。もっともつまみがないので、持参するか、お土産コーナーで買う必要がありますが、広い庭を眺めながらの一杯は格別でした。

 

さてなぜJRが山崎駅で阪急線が大山崎駅なのか。アサヒビールが大山崎美術館で、サントリーが山崎蒸留所なのか。

その理由は帰りに寄った大山崎歴史資料館で判明しました。

山崎の戦は隣接する山城国乙訓郡大山崎と摂津国三島郡山崎で行われたそうで、古くから境はあいまいだったとかとかつまり京都府側が大山崎、大阪府側が山崎。アサヒビールとサントリーはその通りですが、JR山崎駅は両方にまたがっているようです。

 

アートをめぐる2日間

2018.05.24 |

3回目のお茶の稽古に、新たに暮らす旅舎のデザイン担当が加わりました。

彼女もつれあい同様、茶道教室バツイチです。

福太朗さんの稽古の話をしたら、ぜひ参加したいと。

『京都はお茶でできている』で紹介したお茶の楽しさを感じないままで

終わりにしたくないとのこと。

そのレポートは次回にすることにして、

今回は京都のアートを紹介します。

 

京都 手仕事帖』でも紹介した村瀬貴昭さんの新作展

Re:planter「再生」がギャラリーYDSで展示されています。

(5月27日まで)

LEDを仕込んだ大きな電球に植物を入れて楽しむ作品を

手がけてきた村瀬さんですが、

今回は、陶芸家が没にした器に、盆栽の失敗作を植え込む新機軸。

和室の一部に苔を敷き詰め、紅葉などの木を植え込んだ座敷に

破れた陶器から突き出した木々が印象的でした。

 東山駅近くの白川沿いにあるギャラリー16では、鈴木星亜さんの絵画展

「絵は私の身体を通して世界を見る」が5月26日まで開催されています。

西洋的な写実や透視法に縛られない星亜さんの独特の風景画を

この機会にぜひご覧いただきたいです。

 

また三条神宮道の角にあるギャラリーKUNST ARZTでは

小松加奈子さんの個展「ホームシック」が27日まで開催中。

福島を拠点とする小松さんの作品は風刺や毒の効いたインスタレーションや

ポップな作品が魅力です。

みかんせい 世界はまだ完成されていないまま

このほか、寺町通りのギャラリー啓「麻の型染め」ものぞきました。

涼しげな麻布は江戸から大正昭和のもの。現代の麻にはない涼しげな風合いが魅力です。

さらに白沙村荘、橋下関雪記念館の存古楼で開催している春秋遊会2018 へ。

日本画の諌山宝樹さんなど陶々舎で知り合った方々の作品が展示されていました。

27日までの開催で今週末にはみなさんの作品を使ったお茶会も開かれます。

駆け足ながら、さまざまなアートにふれた2日間でした。



盆略点前

2018.05.23 |

月イチの京都ですが、

コラム更新が遅れ、新緑の鞍馬寺も紹介しそこねました。

 

さて盆略点前は、お盆に茶碗、茶筌、茶杓、茶入れをのせ、

鉄瓶で湯を湧かし、茶を点てます。

柄杓を使わない分、作法が簡略なうえ、

炉と鉄瓶の代わりに魔法瓶でもできるので、

入門編として学びやすい点前だそうです。

とはいえその解説の任にはあらず。

興味のある方はYOUTUBEなどでご覧ください。

 

稽古はまず茶碗を選んで、中に濡らした茶巾を絞って畳んで入れ、

茶筌をセットすることから始まりました。

点てたときダマにならないように抹茶を濾してから茶入れに入れ、建水も準備。

炉と鉄瓶は福太朗さんが準備し、つれあいが亭主を務め点前が始まります。

 

ひと通りの流れの中で、挨拶や足の運び、座る位置から、

帛紗さばき、点前を福太朗さんがチェック。


常に体の中心(丹田)を軸にして、決して手先だけで動かさない。

すべての動きに動と静を意識する。

弓道部出身の福太朗さん。自然で美しい身体動作も茶道の魅力のひとつと話します。

 

茶人の点前はなぜ美しいのか。

逆にいえば美しく見える体の動きや作法を学ぶのが茶道の稽古。

頭では分かっても、お辞儀ひとつでも手が揃わず、自分の体なのに思うようには動きません。

「パートごとの割り稽古からやっていきましょう」と福太朗さん。お茶の道は遠いものです。

この日はさらに帛紗さばきの基本を教わり、

爽快な気分で2回目の稽古は終わりました。

まさに畳上のヨガやフィットネスです。

 

翌日は新緑を求めて、鞍馬山へ。ケーブルカーで楽して登り、帰りには門前の精進料理と牛若餅をいただきました。

「雍州路」の精進料理。生麩の木の芽煮が美味。

「神虎餅多聞堂」の名物よもぎのしんこ餅と牛若餅。


 

すべては丹田から?

2018.04.25 |

春の訪れが予想外の早さだった今年。3月末の京都はさまざまな桜が咲きほこっていました。

思いもかけず桜の季節に始まった私たちのお茶の稽古。1月に訪れたときは底冷えのした福太朗さんの住まいでしたが、ついています。

「なんのためにお茶を学びたいかまずは確認させてください。お茶会に参加するためとか、亭主ができるようになりたいとか」と福太朗さん。それぞれの目的や目標に合わせた稽古をするということです。

果たして自分に目標はあるでしょうか。

 連れ合いがお茶を習い始めたのは10数年前のこと。最初の先生は高齢のため教室を閉じることになり、次の先生のところでは「お仲間たち」と肌合いがあわず退会した経験があります。いつかまた習いたいと思いながらも、これと思う先生との出会いがなかったとか

 一方私のお茶は、読書少々の耳学問のみで稽古はまったくの初心者。見よう見まねで、お茶会に参加してきましたが、振る舞いには呆れられることも多かったはず。

 『京都はお茶でできている』の2年近い取材を通して、陶々舎のみなさんの創意工夫や、お茶を通じた集まりの楽しさが実感できて、茶道の窮屈なイメージが覆されたのです。もっとこの世界を覗いてみたい。そんな好奇心が弟子入り志願の理由で、具体的な目的はとくになしというのが正直な答えでした。

 とはいえ「やはり亭主とかやってみたいです」と答えた自分。

「ではまず盆略点前からやりましょう。その前にまず茶室の掃除をしていただきます」と福太朗さん。

 わたしたちの稽古は茶室の箒がけと雑巾がけから始まりました。連れ合いはいままで稽古で掃除したことはないそうで、草むしりや掃除が、客を迎える亭主の基本ということを、身をもって学ぶ機会となりました。

「掃除をすると、部屋のスケールを感じたり、畳の目を見たりできますよ」と福太朗先生。

 雑巾を絞りながら真冬じゃなくてよかったと思いつつ掃除を終えました。

「次は茶碗をそれぞれ選んで、抹茶を漉してください。終わったら棗に入れます。その次は茶巾の準備です」と先生。

 漉した抹茶を棗に入れますが、棗の蓋の深さまで、抹茶を山盛りにします。茶巾は水に濡らして絞って畳んで、茶碗の中に入れて茶筅も置き、茶杓を茶碗の縁にのせ、お盆に棗と茶碗をセットして、控えの間となる居間に運びました。

 いよいよ稽古本番。茶室に入ります。

「入り方は次の機会にして、今日はお辞儀をやりましょう。お辞儀にも真行草があります。まずは座ってください」

 ここで正座です。最近、正座は骨関節の動きはもちろん呼吸を整えるなど体にとてもよい座り方だと本で知って、お茶の稽古はヨガに通じると理解したばかりでした。多少足が痛いのも我慢、我慢。

「腰に蝶番があるように、頭の重みを感じてパタンと前に倒すだけです。手はその動きにつれて、自然に畳につきます。手のひらが畳に全部つくと真。第一関節で行、指先だけが草です」

 畳の縁から膝まで何目あけて座り、足の指や手の位置など、正座のお辞儀ひとつも、言葉にすると実にたくさんの手順があり、それぞれを意識してみると、手の揃え方ひとつ、簡単そうで難しい。言葉では到底覚えきれるものではありません。だから体が覚えるまで稽古が必要なんですね。

 高校時代は弓道をやっていた福太朗さんにとって、茶道の身体動作の面白さに惹かれたそうですが、確かにお茶をする身体の動きは美しく、お茶を習う目標のひとつなのかもしれません。というわけでガンバラネバ。

 ここでキーワード、「丹田」の登場です。全ての動作の中心となるのが、身体の重心である丹田です。常に丹田を意識することで、動きはゆっくりと優雅に行なえる。けして手先や足先で動いてはいけないということ。お茶のすべての作法もこの丹田から始まるのだそうです。

 正座とお辞儀の次は、立ち方、歩き方。丹田を意識して爪先を返してスッと立ちあがると、摺り足をホバークラフトのように少し浮かし、ささっと歩く。六畳の座敷をくるくると10数周もしたでしょうか。

 歩く、座る、立ち上がる。この日常動作こそ、お茶の亭主にとって作法の基本動作というわけです。

次回、「盆略点前」編に続きます。

茶のない「お茶」

2018.04.01 |

 「京都はお茶でできている」の出版から1年半。ついにお茶の稽古を始めることにしたのです。きっかけはお正月明けの京都。中山福太朗さんを新居に訪ねました。

大徳寺そばの陶々舎から同じ北区内の民家に移った福太朗さん。ガイセ・キキさんはチリに帰国。天江大陸さんは新しいメンバー2人とともに陶々舎を拠点に活動しています。3月に発売されたムック『お茶の京都』でもみなさんの活躍が紹介されています。

福太朗さんの新居は、土間に井戸がある農家の一角です。昨年6月に引っ越してから、柱梁や床を直すなど手を入れながら暮らしています。年明けに訪れた寒い朝。「台所の暖房はあきらめました」と福太朗さん。石油ストーブと火鉢で暖かな居間に通され、お茶を点てていただきました。「福ハ内」と書かれた菓子箱にはそら豆のような形の焼き菓子。

居間の隣は元仏間の床の間もある和室。奥の窓際には庭で朽ちかけていた水屋箪笥。もう少し手直しして台所で使うとのことです。陶々舎同様、ろうそくの灯で垂らされた畳には、炉を切り茶室として使えるようにしました。いまはここでお茶を教えているそうです。


半年ぶりのあれこれを話すうち、置碁をしましょうと福太朗さん。取り出された碁石を、白黒両方を掴みとって手元におきます。「順番にいくつでも、碁をおいていきます」古い床材を転用した低い卓子にばらばらと置かれる碁石。

「置き方でなんとなく人柄が知れたり、次々と変わっていく碁石の景色も面白いです」以前このコラムでも紹介した「置き花の茶会」にも通じる趣向です。抹茶がなくても「お茶」ができるのではと話す福太朗さん。パチリと置いたり、バラっと撒いたり、盤面の様子だけでなく音も楽しむ。その場に集中して、ひと時を過ごす「お茶」の時間。なるほどと思いました。

2日後新幹線に乗る前に、京都駅そばの崇神新町に寄りました。ここで陶々舎が釜をかけていると聞いたのです。崇神新町は京都駅から5分の街の一角に現れた、フードコートといえば近いでしょうか。好きなテーブルに座って好みの食事とお酒が楽しめるスタイルです。

福太朗さんや陶々舎新メンバーの三窪笑り子さんたちがお茶を振舞っていました。ワインにタパス、日本酒におでんを楽しんだあと、抹茶をいただきました。そのときです。楽しいお茶をこれからも追いかけるなら、福太朗さんに弟子入りするしかないと思い立ち、その場で志願したところ、心よく受け入れてくれました。 (次回は稽古の様子をお知らせします)

南禅寺と哲学の道を満喫する宿

2018.01.14 |

陶々舎の福太朗さんが引っ越した家を訪ねて年明けの京都へ。

夏越しの茶会から、早、半年が過ぎ、山に雪も見える冬景色です。

滞在は町家の宿の葵KYOTO STAY。

新しく南禅寺そばの哲学の道沿いにできた「看月亭」です。

春には円山公園由来のしだれ桜も楽しみな看月亭の庭。


庭を取り込む土間が居間と茶室をつなぐ。


居間

茶室

寝室

夜は雪見障子の向こうにライトアップされた庭が広がる。

哲学の道の向こうに東山が迫る。


琵琶湖疎水の水を引き込んだ池を望む数奇屋造りの一軒家で、

居間と茶室をぐるりと囲む土間からは、庭を一望できます。

ほかの葵KYOTO STAY同様、キッチンやバスルームは最新設備で、床暖房も完備されています。

庭に出れば、哲学の道の向こうに東山が迫り、

日が暮れれば明かりが灯る池の空に月があがり、

看月亭の由来をうかがえます。

このロケーションをお茶や食事をしながら過ごす時間は特別。

一歩外に出れば、哲学の道の散策も楽しめ、

観光で訪れる寺社では味わえないプライベートなひとときは

まさに暮らす旅ならではの醍醐味です。

手前に万両、向こう岸には南天の実が冬の哲学の道を彩る。


猫だけでなく猿も散策する哲学の道。


スペインで「暮らす旅」3

2017.11.05 |

 マドリードの話を続けるつもりが、気づけばふた月も過ぎてしまいました。筆者が脊椎化膿症でひと月あまり入院したせいもありますが、スペインではバルセロナのテロのあと、カタルーニャ州の独立をめぐり、厳しい対立が起きてしまいました。

 カタルーニャの州都であり、経済的にはスペイン一の稼ぎ頭でもあるバルセロナは、首都マドリードとの距離は600km。高速列車で約3時間と東京神戸間と同じです。ところが東京と関西以上に、言葉はもちろん文化的にもマドリードとバルセロナは大きく違います。スペインといえばすぐに連想される闘牛やフラメンコはカタルーニャでは人気がありません。バルセロナ市内にはかつてあった闘牛場も今はなく、フラメンコは観光客相手のタブラオ(フラメンンコを鑑賞できるレストランのこと)はありますが、盛んではないのです。

 カタルーニャ州議会の解散や、州首相が国家反逆罪に問われたり、独立派と反対派の対立はますます深まるばかり。この先どうなるか予断を許しません。

ホテルの有線で見た闘牛。地上波では中継がないとか。 

 それにしても今年は本当に異常気象でした。6、7月に梅雨がないかと思ったら、8月は雨ばかり、9月10月は台風も多く、今は朝晩寒いくらいの季節となりました。

 思い返せば、スペインに行く前には、ポルトガルでは山火事が起き、マドリードは40度の暑さと聞いて出発したのでした。マドリード二日目の朝は6時には目が覚め頭はすっきり。日本に戻ると時差ぼけで夜中の2、3時に目覚めてしまうのですが、旅先はこれで乗り切れます。

 8時過ぎにはホテルを出発。高速道路に入ると、視界が開け、雲ひとつない青空はどこまでも青く、地平線に見える赤茶けた山々もくっきり見えてきました。

「まさか1日ずっと雨は降らないでしょうけど」と青空を見上げるコーディネーターの小川さん。でもスマホの天気予報では明日明後日と雨と雷。

 The rain in Spain stays mainly in the plain.

ミュージカル『マイフェア・レディ』のフレーズを思い出しました。

 緑濃い日本とはまるで異なるスペインの景色。日本では愛好家がすっかり減ったという盆栽ですが、なぜか海外では盆栽がブームに。自然の違いがその理由のひとつなのかもしれません。今回の取材では、海を渡った盆栽をどうビジュアルで表現するかが大きな課題でした。壁を背にした盆栽を写すだけでは、日本もスペインも変わり映えしないからです。クラシックな建物とかスペインらしい景色を背景にできないか、企画時からの課題でした。

抜けるような青空の下、マドリード郊外へ。

盆栽愛好家のプール付き住まい。

 

  開業して23年目のアルコベンダス博物館は残念ながらモダンな建物。屋外は菩提樹の大木と池を配した回廊式の庭園で、盆栽が展示されています。地面には闘牛場の黄色い土が敷かれ、展示台にはスペインの石が使われていますが、どれも盆栽が引き立つように板壁やモルタル壁を背にしています。抜けるような青空と強い光はスペインらしいとはいえ、もうひとつなのです。

 

アルコベンダス盆栽博物館の庭園展示場。

 結局、せめて強い光は抑えたいと、取材予定を前倒ししたところ、翌日から2日間続いて雨のマドリード。その間は美術館巡りで過ごし、再び晴れ渡った空の下、残りの取材を無事終えることができました。

雨の日のプラド美術館。

日本ではあまり知られていませんが、ティッセン・ボルミネッサ美術館はオススメです。

上は壁面緑化。下は植物園のような中央駅の構内。緑への熱意が感じられます。

 

 今回は1週間の滞在だったので、スペイン料理で通すことができました。思いつくまま昼夜に食べたものをあげれば、生ハム、青唐辛子の素揚げ、ムール貝のワイン蒸し、マッシュルームのオリーブ煮、ガリシア風のタコ、イカのリング揚げ、ビーフステーキ、パエリャ、エビのアヒージョ、イワシの唐揚げなどなど。日本の居酒屋と違って、ひとつひとつの量が多く、二人で食べられるのはせいぜい3品。バルで周りを見渡しても、4、5人の家族連れが多く、二人客はデートらしきカップルくらいなのです。

とにかく量がたっぷり。二人で1人前で十分です。

エビのアヒージョが人気の店。

ムール貝の専門店。白ワインはぐい呑のような白い磁器の器でいただきます。

日本人に人気のマッシュルーム専門店。マヨール広場のすぐそば。

 ホテルの朝食はビュッフェスタイルでしたが、印象に残ったのはミキサーにかけたトマト。これをパンにすりつけ、生ハムやチーズ、オリーブをのせて食べると美味でした。ワインの肴にもなります。

 もうひとつ知ったのはコーヒーの多彩な飲み方ですが、それはあらためて紹介します。

スペインで「暮らす旅」2 マドリードへ 

2017.09.06 |

 前回に続きマドリードの話を書いていたら、バルセロナでテロが起きてしまいました。かつてよく歩いた目ぬき通りのランブラスで、ワゴン車が歩行者めがけて暴走したのです。ここ数年ロンドン、パリ、ベルギーなどヨーロッパ各地でテロが頻発していますが、スペインでは15年前マドリード郊外で起きた列車の爆弾テロ以来なかったので、海外からの観光客にスペインが人気だという話を聞いたばかりでした。

 

緑の豊かなオエステ公園からは王宮とアルムデナ大聖堂がよく見える。  

                              

 マドリードの中心にある太陽の広場を埋め尽くす各国の観光客の楽しげな様子が思い出され、残念でなりません。ただバルセロナには普通の生活を楽しもうと、いまも多くの観光客が訪れているようです。テレビのニュースでバルセロナのテロ犠牲者の追悼集会が映され、そこにはパブロ・カザルスが奏でた鳥の歌が流れていました。フランコ独裁への抵抗とその死によるスペインの解放を象徴する曲を久しぶりに耳にしました。

 

 テロの背景にある貧富の格差や憎しみの連鎖を思うと言葉もありません。ただ、ソフィア王妃芸術センターを訪れた時、ピカソの「ゲルニカ」を前にして様々な人種の人々が一様に真剣な眼差しで佇む中に身を置くと、平和への祈りのようなものを感じた気がしたのです。

 

パブロ・ピカソ 『ゲルニカ』(1937)。(出典 http://www.museoreinasofia.es/en/collection/artwork/guernica)


 今回のマドリードの旅の目的は、郊外にあるアルコベンダス盆栽博物館でした。盆栽が日本とスペインの交流を深めた物語を、ある会員誌の記事のために追いかけました。その取材拠点として選んだマドリードのホテルは、旧市街の中心、マイヨール広場の近く。バルやカフェ、レストラン、お土産店が立ち並び、地下鉄の駅もスーパーも食品店もすぐそば。プラド美術館や王宮などにも歩ける好立地でした。

 

ホテルの近くの小さな広場。正面左はカルデロン劇場、その向かいが元映画館。

 これが京都なら、どこのエリアを選ぶか、もっと細かく、四条河原町、烏丸御池、三条京阪、五条烏丸、京都駅などと絞って考えます。そのときの目的、予算、日程がまずあり、さらに食事場所と移動手段を考えて選ぶのです。京都駅周辺は移動には便利ですが、どうしても夜は祇園や木屋町にでかけたいこの身には、3番手、4番手の候補なのです。宿泊サイトを見ても、桜と紅葉のハイシーズンでも直前に予約できるところを見ると、京都駅周辺のホテルの情緒不足は否めないのでしょう。脇道に逸れました。京都の滞在術はまたあらためて紹介します。

 

 マドリードに着いた夜はなんとか11時(日本時間朝6時)まで起きていようと、ようやく陽が沈む9時半過ぎにその名もバルセロナ通りへ。人だかりの路地の両側には何軒もバルが並び、道のテーブル席はほぼ客で埋まっていますが、店内を覗くと満員でもないようです。名物料理一品で勝負するバルセロナの小さなバルの記憶とは違って、タパスを色々揃え、ビストロに近い気がしました。結局、路地の中ほどのT字路の角の店「Cuevas el Secreto 秘密の洞窟」に入り、生ハムとチーズを肴に赤ワインを2杯飲んでホテルに戻りました。グラスワインを頼む客が少ないせいなのか、どのバルでも新しいボトルを開けてくれ、得した気分でした。(次回に続く)

バルセロナ通りにはさまざまなバルが軒を連ねている。

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