ラム・お知らせ

暮らす旅スタッフの京都に関するコラム、
お知らせや京都の催事・イベント情報など随時掲載していきます。

祇園祭PART3 こぼれ話

2015.06.25 | コラム

 夏越祓(なごしのはらえ)とは、半年間の穢れを祓い清めて、残り半年の健康と厄除けを祈願する行事です。茅の輪潜りといって、神社の参道に立てられた大きな茅の輪を潜り身を清めます。京都では6月30日に上賀茂神社や北野天満宮をはじめ多くの神社で行われています。この日、白のういろう生地に小豆を乗せ三角形にカットされた和菓子「水無月」を食べると縁起がよいといわれます。

 翌日7月1日は、吉符入(きっぷいり)と呼ばれる祇園祭の始まりの日です。宮本組の面々は八坂神社本殿で、祭行事の無事を祈願しお祓いを受けます。

 山鉾町でも町内の役員が集まり、八坂神社の神職のお祓いを受けて祭期間の無事を祈願します。夜は囃子方も、神棚に手を合わせ、お囃子を奉納して吉符入を行います。なかでも長刀鉾町保存会の会所二階の祭壇前で行われる稚児舞は有名です。また山鉾町の吉符入は1日とは限らず山鉾町によって異なるようで、5日までに行われます。

 

7月10日 神輿洗のお迎え提灯 鷺舞の年長組の子供達


こちらはお迎え提灯、年少組のしゃぐまの子供たち。頭には薩長軍がかぶっていたかつらが。

しゃぐまとは赤熊と書きます。昨年は台風のために中止となったお迎え提灯の行列。今年は見たいですね。

しゃぐまが腰に差しているのは蘇民将来の護符がついたこの榊です。


 そしてひと月祇園祭が続く始わけですが、締めくくりの7月31日に行われるのが境内にある疫神社の夏越祭です。疫神社の御祭神は蘇民将来(そみんしょうらい)。八坂神社の主祭神であるスサノオノミコトが南海に旅をされた時、蘇民将来に手厚くもてなされたことを喜んで、目印に茅の輪をつけた蘇民将来の子孫は疫病より免れると誓約されたそうです。他の神社で行われる夏越祓もこの故事にちなむものです。

 疫神社では鳥居に大茅の輪を設け、参拝者は茅の輪を潜って厄気を祓い、「蘇民将来之子孫也」の護符を授かります。このお祭をもって祇園祭も幕を閉じます。

 

粽にも「蘇民将来之子孫也」の文字が


下鴨神社でも茅の輪を潜る夏越祓神事が行われますが、立秋の前日(夏の終わり)に行われます。今年は8月7日です。ちなみに下鴨神社の夏越神事の由来は八坂神社とは異なります。興味のある方はお調べください。

 同じ夏越祓なのに日時が違うのは、明治初期に旧暦から新暦へと変わったことが原因です。七夕やお盆が地方によって7月と8月に分かれるのと同じと思われますが、同じ京都なのに面白いですね。

 実は祇園祭も新暦7月に行われるようになったのは明治10年以降。その前は旧暦の5月から6月にかけて行われていました。祇園祭とは梅雨明けを迎えて、戻ってきた日の光を祝う祭だともいわれます。旧盆や8月の七夕と同じく、旧暦の時間軸を大切にしているのです。確かに新暦7月7日の夜空ではたいてい雨模様。天の川を眺めるなら旧暦に限ります。