ラム・お知らせ

暮らす旅スタッフの京都に関するコラム、
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大晦日の夜に

2018.12.31 |

もう少し早くアップするつもりが、すでに大晦日。

この1年をふりかえれば、1月に福太郎さんにお茶を習うことにして、

月に一度京都に通うようになりました。

忘年会の一コマ。なんでも絵にする、ろうそくのあかり。

予習も復習も不十分な不肖の弟子ゆえ、先生には迷惑をかけてばかりですが、

12月なかばに忘年会があって、弟子たちが初めて顔をあわせる良い機会でした。

現在4組弟子グループがあり、それぞれの稽古の様子を訊ねると、

初めの掃除は共通ですが、あとはバラバラ。

おじぎや碁石の置きとりなどの筋トレがメインのチームもあれば、

古参の弟子チームは碁石は見た事がなく、ましてや中指を合わせて相手の動きについて行くダンスは

是非一度やってみたいそうで、あらためてユニークな福太朗さんの稽古に弟子一同感心しました。

 道具がないどころか、お茶を介さなくても、「茶の湯」の意味や感動をさぐる

福太朗さんならではのアプローチは、「お茶」の姿を剥き出しにするのかもしれません。

 

翌日は、午前中永観堂そばの吉田市蔵さん茶席にうかがい、午後は稽古に行きました。

掃除が終わって座る筋トレのあと、みかんがそれぞれの目の前に置かれました。

「みかんであると言葉で認識しないで、みかんを知らない子供が初めて目にした時の心で受け止めてみてください」

と福太朗さん。

赤味がかった黄色い丸い物体はみかん以外のものとして受け止めることは最早できませんが、

障子越しの光りのあたり方や、陰の落ち方、表面の凸凹など、普段は当然のものとしてよく見ることのないみかんを

たっぷりと観察している自分に気付きます。

次に出て来たのはクシャクシャにしたラップで、ゴジラに似ているとか、反射してキラキラと光る様子を眺めることになります。

 

この体験をあえてお茶に当てはめれば、出された道具を観賞する心構えともいえますが、

解説なしで芸術と向き合うように、結局は受け手の力量が問われるのだと思いました。


京都はお茶でできている』で生まれた縁ですが、どこまで広がっていくのかますます楽しみです。


あとわずかで新年ですが。みなさまいつもお付き合いいただきありがとうございます。

よいお年をお迎えください。