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ラム・お知らせ

暮らす旅スタッフの京都に関するコラム、
お知らせや京都の催事・イベント情報など随時掲載していきます。

火鉢のすすめ

2017.03.02 |

 本当のことを言うと、我が家に薪ストーブを設置することを、真剣に考えた時期もあったんです。薪をくべながら、暖をとったり、ストーブの上に鍋をのせて煮込み料理をしたり、ストーブの中にアルミホイルで包んだお芋を放り込んで焼き芋をこしらえたり……。楽しそう! 美味しそう! そういうのがかっこいい! 

 でも、今住んでいる家に、新たに薪ストーブを設置するのは、スペースや費用の面からも「無理だよね〜」ってことに落ち着いていました。

「火鉢なら置けるんじゃない?」ってことに気づいたのは、京都でさまざまな場所で楽しむお茶数寄たちの姿を見てから。彼らは、器ギャラリーの片隅で、鴨川のほとりで、ベランダで、お茶を点てます。彼らが心を砕くのは、「いかにしてお湯を沸かすか」。陶芸家のつくった大きな鉢に、灰と五徳を仕込んで「風炉」にしている人もいる。「あれいいなあ」「欲しいなあ」「どんな大きさだったらできるかなあ」と考えているうちに出会ったのが、冬の陶々舎での「火鉢」でした。

「火鉢だったら煙突いらない」「鉄びんがお似合い」「熱燗もお似合い」「それに、お茶もできる!」

 そんなこんなで、日本家屋でもない我が家に選んだのは、直径27センチほどの「手あぶり」でした。まずお正月にお餅を焼き、焼き網の大きさや五徳の高さを模索。焼き網が火鉢の縁にかかってしまうと、火鉢の縁が焼けてしまうのでした。炭や火熾しなどの「火鉢グッズ」をまとめる道具は、鎌倉の「ぎゃらりー伊砂」で手製の岡持(木製の蓋付きの手提げ箱)を。火鉢生活の先達として、お役立ち道具について伺いました。「換気に気をつけて」とは、いろんな人に言われましたが、今や不慣れな「火のある暮らし」に、先達の知恵を拝聴できるのは心強い。もっと早く訪ねればよかった。

 さて2月の末。火鉢どれどれ?とやってきた二人の友人。まずは鉄びんのお湯で淹れた京番茶で喉を湿らせ、湘南名物タタミイワシをあぶります。すかさずチロリで熱燗。ちょっといい気分になったところでブリしゃぶ。地元で採れた生わかめも忘れません。時々炭の調子を見てくれるのは、Oさん。「子どもの頃は、火鉢の番をしてたんだよねえ」「炭は風の通り道をつくってやりながら、中心を向かせて置くのがいいんだよ」。ここでも貴重な知恵の数々……。

 手土産の干し芋、干し柿もあぶりつつ、さて、いよいよお茶の出番です。

 

 再び鉄びんでお湯を沸かしている間に桜餅をいただき、見よう見まねで点てたお茶。白湯で締めたはずなのに、ウィスキーのお湯割に移った人もいる。

「そういえば、小さな鯛焼きもありました!」「みかんも焼いてみよう!」

 お腹はいっぱいなのに、不思議にあれもこれも焼いてみたくなる。お酒で酔ってはお茶で醒まし……。小さな火を囲んで、あれやこれや話は尽きず、いくらでも昼の宴は続きます。

真冬の川べりで冷たい炭酸入り抹茶?

2017.02.18 |

 冬のある日、地下鉄北大路駅から賀茂川に向かうと、向こう岸の橋のたもとに爲さんの茶席が見えました。

 

 前夜は、ギャラリーYDSのおちゃばーに参加して、飛び入りでお茶を点ててくれました。川べりにしつらえた茶席に座ると、目の前で干し柿のお菓子をこさえてくれます。

 

 トラックに茶室を載せて、東北や熊本の被災地をはじめ、全国を回ってお茶をふるまう爲さん。京都では賀茂川北大路橋を本拠に不定期ですが鴨茶ならぬ「賀茂茶」をしています。寝袋持参の爲さんと話がしたくて、昼も夜もさまざまな人が訪れる茶席。ときには夜通しでお茶をすることもあるとか。

 

  爲さんは40歳の時に、利休が遺したという教え(注)にしたがい、師の元を離れました。しかしながら以来二十年間、孤軍奮闘。

 ところが陶々舎と出会い、初めて友軍を見出したといいます。陶々舎の鴨茶に刺激を受け、賀茂茶も始めました。誰もが参加できて楽しめる茶席を心がけている爲さん。 

「なにか、あっと思わせるバズーカ砲が欲しくて、思いついたのがこれ」と取り出したのは、フック船長の宝箱。映画の中ならこのなかに宝石がじゃらじゃら隠されています。箱の蓋をあけると、中から、背の高いグラスがいくつかとカクテルシェーカーがでてきました。


 鹿の角を削り出した大きな茶杓で抹茶をシェーカーに掬い入れ、そこに氷と京都の井戸水を注ぎ込むと、バーテンダーのようにシャカシャカふるい出しました。

 シェーカーからそれぞれのグラスに注ぎ込まれたのは、まるで炭酸割りのような細かな泡泡の緑のカクテル! 爲さんが点ててくれる抹茶はいつも、どうして?というくらい、美味しいのですが、この抹茶カクテルも、すっきりした口当たりの爽やかな飲み物。コートを着たままで、この美しいお茶をグラスで飲んでいると、川べりを散歩する人たちが、興味深げに振り返ります。

 気になったら、どうぞ仲間入りしていいんですよ。爲さんは、いつでも、誰でも歓迎してくれます。

 

(注)

 十五ヨリ三十マデ万事ヲ師ニマカスル也。三十ヨリ四十マデハ我ガ分別ヲ出ス。四十ヨリ五十マデ十年間ハ師ト西ヲ東ト違ッテスル也。其ノ内、我流ヲ出シテ上手ノ名ヲトル也。又、五十ヨリ六十マデ十年ノ間ハ師ノ如クスル也。名人ノ所作ヲ万(よろず)手本ニスル也。七十ニシテ宗易ノ今ノ茶湯ノ風体、名人ノ他ハ無用也。(山上宗二記より)

 

美しい「ふだん着」

2017.02.14 |

「いまみたいに、お茶を暮しの外に放っぽり出して、よそゆき仕立てにしてしまったのでは、お茶がかわいそう、第一、暮している僕らがみじめすぎる。お茶を暮しのなかに引もどす、そのためには、ホームスパンのジャンパアを着た利休さんが要るのではないか。歌俳句の、正岡子規みたいな人が……。」

 60年前近く、雑誌『暮しの手帖』の編集長だった花森安治さんは「無茶人のおせっかい」というエッセイの中で記しています。

「ボクひそかに、利休さんをわが道の大先達と心の奥底に据えているのだが、(中略)わが道の大先達と、ぞっこん惚れこんだというのも、つまりは利休というひと、よほどこの暮しの中の、ふだん着とよそ行き、ウソつきぐらしがきらいのように見えるからのこと、万事ふだん着でゆこうという、そのふだん着を美しいものにしようという、その気持がうれしいからにほかならない」

 暮らしの外に追い出されてしまったお茶(茶の湯、茶道)を自分の暮らしに取り戻す。『京都はお茶でできている
』の取材を通して、陶々舎の活動に見えたものは、そのひとつのかたちでした。大徳寺そばの古い町家に暮らす三人の若者は、そこを拠点にさまざまな茶会を実践しています。

 三人のお茶の師匠は外国人。町家に暮らす先生たちの美しい暮らしは、彼らの活動のひとつのきっかけだったようです。またそこから、1日に1件以上壊されていく京都の町家を、百年後に残す大きな夢も育んでいます。

 鴨川の岸辺でお茶を楽しみ、蛍光灯の照明を外した和室ではろうそくの灯りで茶会を開きます。月の光の下、マンドリンの音が流れる中、ベランダの点前座でお茶を点てることも。

 

 よそゆきではない美しい暮らしを、お茶を通して実践する彼らの姿を見たら花森さんはどう思うでしょうか。

 京都では、お茶の変革の波が、彼らが投じた一石を中心に広がりをみせています。茶室という枠にとどまらない陶々舎のお茶は、地域のコミュニケーションの新しい形でもあります。

暮らす旅舎✖️陶々舎 茶話会 Part3

2017.02.10 |


——今日は三人に茶箱を持ってきていただいています。あとで見ていただければと思います。この茶箱をもっていけば、お湯があればどこでもお茶が楽しめます。三人三様。この本では大文字でお茶をしました。水でとける冷抹茶は扱ったので美味しかった。もちろん鴨川でも。この写真に写っている人が為さんですが。

福太朗 為さんという人がいます。最初に私は信楽で会ったんですけど、「野暮らし」さんと呼ばれている人がいて、お茶をやっているらしい。車に茶室をつんでいるなど断片的な情報でしたが、私が行った時に現れて、野暮らしが来たと言ってみんな逃げるんです。茶室に捕まると2時間くらい出られなくなると。これは面白いなと思って入ったら、案の定出られなくて、5年くらい前かな、陶々舎に入る前でした。ずっと記憶にありましたが、陶々舎でまた会う機会があって、いまは賀茂川の北大路でよくお茶をされています。寒くても暑くても、気が向いたらされていますが、入道さんみたいな人です。

 昔、売茶翁といって煎茶再興の祖といわれる人がいて、風光明媚な場所だったら、「ただよりもまけ申さず」、いくらでも構わぬと言って、池野大雅や伊藤若冲とか文人たちを中心に煎茶がばっと広がった時期があったんです。そんな雰囲気で、為さんも喜捨というかたちで、私度僧。お坊さんではないんだけど、自分で志してお坊さんになっている。いただいたもので生活していく。ほんとうに絶滅危惧種なんです。

 為さんの姿を見て、お茶ってここまで狂っていいんだ。ここまでやっていいという幅を見せてもらって、元気づけられ、勇気づけられました。けっして遊びごとではない。お茶はご趣味ですかといわれて、いつも困るんです。趣味にしてはだいぶぶち込みすぎていて、いったいなんて呼ぶのか。きっとそういう人たちがお茶以外にも増えていくんじゃないかと、たまたま私はお茶だったけど、他の方は違うものかもしれない。だけど差し出すことができたときに、ちゃんと文化になる。文化だ文化だと思ってやっているわけではなく、こういう形がいまある。昔にあるんじゃなくて、いまも歴史の1ページとして続いていると思うので、皆さんもぜひ何かしら差し出してみれば、なにかになります。

——いまのような話を、本の巻末で陶々舎の茶の湯指南というページで、まとめてもらいました。今日28日は利休忌といって、あちこちのお寺さんで月釜をかけています。僕はお茶のお稽古をしたことはないですが、お客にはなりたいなと思います。月釜ではお茶を二千円もしないくらいで、お茶がいただけて、しかも未公開のお寺を見ることができます。ぜひ陶々舎の茶の湯指南を参考にして月釜に行ってみてください。

福太朗 インフラが整っているので、在釜と掛かっていたら、誰でも入っていい。ダメといわれるところはほとんどないので、みなさん行って見てください。座る場所さえ気をつければ、いじめられることはありません。かりにいじめられてもコントだと、貴重な経験ができると思ってください。

——在釜かかっているなんて東京では見たことありません。京都がうらやましい。あと最後に一つ、この本の取材で、すごく憧れたことがあります。それは火を扱うことです。暮らしのなかで。とうとう去年の暮れから火鉢の暮らしを始めました。正月は餅を火鉢で焼いて食べたいなと。実際に炭火を起こして鉄瓶でお湯を起こしてお茶を点てるにせよ、鍋をする、お餅を焼くにせよ、生活が豊かになると実感できました。これは陶々舎と知り合えて良かったさまざまなことのなかでも特筆したいです。50年前なら日本人にとって当たり前だったことが、遠くなってしまった。オール電化の住宅とか、それはそれでいいですが、生の火は火の用心と一酸化炭素中毒さえ気をつければ、こんな楽しいことがあることを知って欲しいです。

 

——皆さん、今日はありがとうございます。呈茶の前になにか質問などがあれば、お願いします。

質問 市民から自然発生的に生まれるのがほんとうの文化だと思います。お茶のことをティーセレモニーといいますが、セレモニーというと味気ない言葉で、お茶を通じて、ティーヒューマニズム、人間性を培って、そのうえでお茶を通じたティーフィロソフィー、哲学があります。京セラの稲森和雄さんがごついビルを建てていますが、経営哲学から始めていますが、生きることを考えながら胡座座になって、ひとつの見えない輪ができています。テレパシーか何かでつながっている。そしてもうひとつはティーポリシー。やり方なし方、これが問題なんです。この3つの大切なものを、ヒューマニズム、フィロソフィー、ポリシーを集めて京都の大切なアイデンティティとして、五重塔のように築き上げる。ひとつひとつ木を切って、法勝寺の八角九重塔を再建する構想のように、500年千年の単位で見ることが大切です。近視眼的に歩きスマホをしていてはだめだと思いますがいかがでしょう。

福太朗 よくわかります。ただすごい哲学をもってやってるというと、共感がなくなってしまうようで。自分たちがいいなと思うことを差し出す結果、人がいいといってもらえるのでは。「これが哲学である」だと言うようには、私たちは偉くはないし、普通のことを好きだからやっていて、面白そうだねと一緒にやってくれる人が集まってくれるほどよいことはありません。

質問 哲学は難しいですね。哲学はちょっとふせながら、おえばたt鴨長明は河合神社下鴨の掘っ建て小屋に住んで、醍醐のほうに移り住んだ漂泊の詩人みたい。奥の細道の松尾芭蕉もそうですが、ああいう形で一期一会を見つめた先人がいました。そういうお手本を生かしたらどうでしょう。いまはあまりにも情緒情操情念が足りないと思いますがいかがでしょう。

福太朗 いろんな方が参加できるのがお茶の面白いところで、ティーセレモニーとする人もいれば、思い詰めてされる方もいるし、その間口の広さがお茶の豊かさを作っていると思うんです。なので一本これだけという柱ではとても弱くて、富士山のような裾野の広い文化のほうが、5百年、千年続く文化になると思います。今はやっている人の数が少なくて、細い柱になっています。いろんな人が参加すれば、この文化がもっと広がると思います。私たちもいろんな方のお茶をいただきにいきたいし、また差し上げたいです。今日はパワーをいただき、来てよかったです。

暮らす旅舎✖️陶々舎 茶話会 Part2

2017.02.07 |

——三人のお茶の先生はみな外国人で、キキさんと大陸さんがデンマークの方、福太朗さんがカナダ人のジャックさん。50歳過ぎて日本にお茶を習いに来た方です。聖徳庵と名付けた家に暮らし、お茶のお稽古をされています。

福太朗 サンタクロースとアインシュタインを足して2で割ったような方で,

 稽古の中で話されるのは、作法の右や左よりも、ひたすら問答が繰り返される。掛け軸の意味をどう思うかひとりずつ言えとか、それはさっき言ったからだめとか、それで半分くらい終わったりするんですけど、いろんなお茶のアプローチがあって、面白いなと思いました。それぞれが先生からいろんな問いをもらっています。私はWHO ARE YOU? とことあるごとに問われる。物を買ったり、お茶したり、お酒を飲んだりしながら、探っているような感じです。

 いい答えのためにはいい問いが必要と先生がおっしゃいます。いまちゃんとお茶をするための問いは何なんだろう。私の中ではとっても大事な課題で、たくさんのものを先生からもらっています。

——大陸さんたちの先生は、町家に暮らしているそうですが

大陸 ビスゴー先生は家の近所に住んでいて、大学一年生のときに初めて会いました。180以上身長があって、白い髭をはやし、仙人みたいに髪を結んで、家に行くとガネーシャや、インドネシアのバティックとかがある。この人は何者だろうと思ったら、奥に茶室がある。お稽古を始めたら、水が冷たいんです。茶室にはお湯も引いてないし、20リットルのポリタンク2つで水を汲みに行く。ほんとうに寒くて手が動かなくなる。

 なんでこんな寒くて不便なところに住んでいるのかと思いました。でも先生の顔を見ると幸せそうな、充実した表情されている。不自由な中で豊かさを感じるにはどうしたらいいのか。どうしても知りたかったんです。とてもきれいにされていて、自分で庭を造り、自分で家を直して清潔で、道具は多いですが、つねに整理整頓。どこに何があるかわかる。生きる術というか、豊かに暮らす術をこの人は知っているなと思いました。キキはどういう印象?

キキ 同志社のとき、お茶の先生を探していたら、京都には4ヵ月しかいないのでみんな断わられました。でもビスゴー先生の知り合いに紹介してもらったら、いいですよと。1週間でも、1日でもいいですと。お茶が好きだったら、続けて行くと思うから、どうぞ来てくださいと。でも他の先生と比べたら、すごく厳しかった。だから1週間でも2週間でもちゃんと稽古できると思った。

 先生の稽古は、学ぶことが大切。趣味ではないですよという気持ちがあってそれは大事だと思いました。まわりにも面白い人が多くて、お茶だけではなく花とか書も学んでいる。点前だけではないということも理解しました。先生のところで、本で読んでいる茶の湯を初めて見たという感じでした。ほかのところでは本に出てるのと実際が全然違う。

——大陸さんは高校のころはヒップホップ踊ってたとか。

キキ 知らんかった。

大陸 高校のころは茶髪でした。ヒップホップが人気で。ブレイクダンスが好きで、当時かっこいいものとか。だぼだぼの服着て、ラップをカラオケで歌ったり。

——お茶をやって一番変わったことは人間力がついたこととか。

大陸 基本的になんでもやらないとだめなんです。それこそ火の起こすとか、炭を切るとか。

キキ 灰を洗うとか。

大陸 昆布だしをとるとか。いままでやった事がない事を、やらないといけない。家が寒いので。火をおこさないとお湯がわかない。お湯が沸かないとお茶が点てられない。なので、幅が広がりましたね。何でも屋さんみたいな。

——私はお茶を習っていて、大陸さんが人間力がついたと聞いて、目から鱗が落ちた思いがしました。お点前を覚えるところで止まっていたので、お点前は人間力をつけるためにあると知りました。

 陶々舎に打ち合わせにいくと8時過ぎなんですが、お鍋をつくってくれて、若い男の子にご飯をつくってもらったことはなかったので、目から鱗。どうしてこんなに美味しいご飯がつくれるのか。そうしたら、「月がきれいだから庭にでてください。お茶をしましょう」と。こんなお茶があってもいいと知り、新鮮でした。お茶ってこんなものだったんだと。実は自分のレベルでも楽しめるものと初めて知りました。

 

福太朗 話をして欲しいと言われて今日は来ましたが、本にするにはすごい人にしないとだめなんで、実際私たちはまったくすごくなくて、条件がラッキーだっただけで、誰でもできるのだと思います。

 伝統文化ではやっちゃいけないというしばりがあって、お茶事なんてまだまだとか、手伝いすら行っちゃだめとか。でもできるところで差し出して行かないと、明日死ぬかもしれないし、試してみないとわかんないじゃないですか。この道歩んでいて、70歳になったからお茶事していいとか、そんなのは楽しくない。お茶事すると、失敗するし手順も間違える。でもしちゃいけないかといったら、そんなことはないと思います。

 差し出してくれた人に、受け取ってもらえて、ありがとうございますとなればいい。誰にも止めることはできないし、しがらみはなくていいと思います。でもなんでも自由でいいかというと違って、ぴたっとはまる形があるのは確かですが、100点とらなきゃいけないことはないと思うんです。

 その喜びは、スキー場で今カップラーメン食べると美味しいという状況と一緒。カップラーメンじゃなくて、すごくいいラーメンをこれからつくるとなったら、美味しくないです。今しかない、ぴちぴちの状態がある。ネタは新鮮なうちにぱっと食べたら美味しいんです。花咲いたり、月が出たり、気分が盛り上がったらお茶しようかというのがいい。家にいるからしやすかったということもありますが。

——月釜ではロウソクの炎だけ。「茶と湯」は船岡温泉でお風呂に入ってからお茶をしたり。いろんなお茶をしていますね。

大陸 茶と湯は茶の湯にかけたギャグですが、もともと淋汗茶の湯という室町時代に流行ったお茶がありました。蒸し風呂なのか、ひと風呂浴びて、宴会の一種で、風呂上がりに料理とお酒とお茶がある。それは面白そうと思いました。お客さんも緊張せず、一杯どうですかって。お菓子は温泉饅頭をお菓子屋さんに作ってもらい、これも美味しい。お客さんも亭主もほぐれて、いい湯だなと。相性がよかったですね。京都はとくに銭湯が多いので、みなさんおごりますというかたちで、連れて行って。誰でもできる。お茶会の提案でもあります。

福太朗 これはいいです。同じ湯につかり、同じ湯を飲む。すごく楽しいです。そうじゃないと面白くない。鴨茶も「茶と湯」も、今生ている自分が楽しいというお茶がするのが大事です。

キキ 私は本に出てるお茶しかやりたくなかった。でも茶と湯はお客さんで入るのはいいです。楽しかったです。

——でもお茶バーを始めましたね

キキ 最初は本で出ている茶事しかやりたくなかった。昔の人が考えてよかったから、そのパターンが残っている。2月の暁の茶事とか難しいけれど、昔の人は賢い。すごくよかった。そういう本に出ている事を全部やって、今からどうしようとなって始めました。

 出張で東京に行き、お洒落なカフェに大陸さんと行って、そこで碾茶(てんちゃ)とウォッカのカクテルが出て、「ワオ」となった。初めての感覚で、自分でやってみようと思いました。ヴィラ九条山のニュイブランシュのイベントで友達にお茶やってくださいと頼まれて、面白い事をやりたくなった。お茶とお酒をまぜたものを研究しながら。

——抹茶をビールで点てたりとか。

キキ そう。薄茶とか濃茶をビールで点てました。ときどき美味しかったり、そうじゃなかったり。まだレシピはできていません。いつもの茶席みたいなところじゃなくて、今回はバーみたいにしましょうと、近所の友達を誘って、そのとき楽しかった。でもお茶より大変、商売みたいになっちゃうから。お茶の方がいいかな。

——ウーロン割とは違って、お茶をお酒で抽出する感じ。美味しくて悪酔いしませんね。

福太朗 お茶だからこうしなくちゃいけない、飲み物としての抹茶は優れた飲料なので、伝統文化とくっつくと、抹茶でこんなことしていいのと思われるかど、ここはちゃんと切り離していいと思う。飲み物としての抹茶。文化として付随する抹茶。そうするとお茶を楽にしてあげられるというかこうするともっと楽しめるとか。可能性が広がると思う。抹茶にこんな事をしてとか、思わないで、もっとパキパキ考えていいと思う。

(次回 Part3に続く )

暮らす旅舎✖️陶々舎 茶話会 Part1

2017.02.04 |

ロームシアター京都 蔦屋書店にて


——今日は本の紹介と陶々舎の活動についてお話します。話のあとで呈茶という形で、陶々舎のお茶をみなさんに味わっていただきます。

 暮らす旅舎は「暮らすように京都を旅しよう」という発想から、これまで『京のろおじ』『水の都 京都』『京都 食手帖』『京都 手仕事帖』と4冊の本を出してきました。『京都はお茶でできている』は5冊目で、実は食手帖や手仕事帖を取材しているときに、陶々舎と知り合い「お茶っておもしろい」と思ったことがきっかけで生まれた本です。

 京都は東京よりお茶との距離が近いと感じました。東京は日本茶が楽しめるお茶処も少ないし、若い人は急須をもたず、お茶といえばペットボトルばかり。京都は日本茶が楽しめる店が多く、家でも朝やかんで番茶を沸かしたり、抹茶を点てて和菓子を楽しんだりと日常にお茶があります。

 この本ではお茶漬けが売りの料理店や、抹茶用の茶葉を育てる昔ながらの茶畑や、日本遺産にも選ばれた宇治の隣の和束町にある美しい茶畑も紹介しています。そして特に紹介したいのが、今日来ていただいた陶々舎の話です。みなさんから直に聞きたいです。陶々舎の成り立ちからお話ください。

大陸 天江大陸と言います1988年生まれです。大学は京都で、お茶を習っていました。卒業後は東京の建築事務所で働いて、社会人になってもお茶を続けたいと思っていましたが、東京には環境がなく、一年間きものも着なかったし、このまま東京にいたらお茶をやめちゃうと思いました。4年前にお茶ができる環境を整えようと、京都で家を探す事にしました。

 お茶の先生が同じキキに声をかけて、床の間があってお茶ができる家をネットで探して、見つけたのが大徳寺そばの家でした。ただふたりでは広すぎる。三人なら家賃も安く、お茶事をするにも、もうひとりお手伝いがいたほうがいい。料理する人、お茶点てる人、そして裏方と。三人いればお茶ができると思い、人を捜していたら、鴨川でお茶をしてる少年がいると。鴨川でお茶をしている少年なんて怪しくないですか。

 実はもう30歳になりますが。どういう人かと思えば、こんな人で。話をしたら、活動に熱い思いを感じました。道行く人にお茶をふるまう。先生が言うようにSomeone is waiting for your tea.だと。では鴨茶の話をお願いします。

福太朗 はじめまして。昔少年だった中山福太朗です。20代三人がお茶をしながらシェアしているというと、若者やるなという感じですが、30代が一人入るとたんに中年感がでてきて、そろそろ卒業かなと思っています。

 大学にはいってからお茶を始めて、卒業するとみんなやめちゃうんですね。同期の部員20人のうち、今も続けているのは私の他一、二人くらい。これはもったいないし、寂しい。楽しいお茶を続けられればと思った。ただ茶室もないし、ワンルーム暮らしだし。だったら場所を別に借りればいいと。

 道行く人にお茶を点てるのを、三条の河原で始めたら、最初の夜に、女子大生が来るは、家族連れが来るは、酔っぱらった外国人は来るはで、これは楽しいと思った。お茶だったら誰でも飲めるし。その活動をしていたら、大陸さんに見つかり、声をかけてもらい、くどかれ、四条河原町の前田珈琲で三時過ぎまで話し込んで、その場でOK。早いもので三年半経ちました。キキが眠りそうなんで変わります。

キキ キキ・ガイセと申します、裏千家の専門学校に一年留学して、そのとき学んだことを続けていきたい。これで終わるともったいない。言葉が強いですが、ちょっとグンみたいね経験、すごい強かった。命が変わりました。稽古場の先生と相談したら、京都でお茶をやりたいけど、大学院行こうかなと言ったら、先生がそれは辞めて欲しいと。お茶を研究している人が多すぎるので意味がない。あなたはこれからお茶やりなさい。能力もちょっと上がったので、これからもっと上がりなさいと。

 京都に住んで、御稽古にも通いたかったので、ハワイから日本に引っ越すことにしました。そのとき大陸さんに一緒に家を探しましょうと。そのときはこんな、お茶の生活になるとは思っていなかった。

大陸 もともとプランはもちろんなくて、家が見つかってからのことだった。

キキ 日本らしい伝統的な、京都らしい家に住む事は決めていました。

大陸 20軒以上見ました。

キキ 暗かったり、お茶をやりにくいところしかなかった。

大陸 新築のパナホームみたいなところとか。和室があるからまあいいかとか。

キキ でも目標は茶事をやりたかった。ただのお茶会ならどんな国でもできる。ただ茶事は特別。京都にはお茶できる人がどこでもいる。茶事を開いてどなたでも来られるところが欲しかった。この家は水屋も露地もありました。

大陸 動線が使いやすい家で、台所も広いので、料理もしやすいし。それに押し入れも広くて。三人いるので道具が多くて、でも広いのでけっこう入ります。

 


大徳寺そばの陶々舎


——茶事と茶会の違いはなんでしょう。

福太朗 お茶会というと、お菓子がでて、お茶がでてきて、床の間に画があって花があってというイメージだと思います。お茶の根本は茶事にあって、だいたい4時間のフルコースで、料理がでて、お酒がでて、最後にお茶が出ます。

 それだけ長い時間、亭主とお客さんが一緒に過ごすと、さっきキキが言ったように命が変わるじゃないけど、いろんなものを交換しあえる。すごい濃密な時間ができあがる。なのでほんとうは茶事に来て欲しい。でも「お茶しません」といって、いきなり4時間確保されるのはまずいじゃないですか。ほんとうは茶事がしたいけど、むちゃくちゃ効率が悪い。ドームを借りきって1万人のライブというわけにはいきません。一人の亭主が頑張って用意しても、5人とかのお客さんを招くしかできない。

 ほんとうに茶事に触れるとなると、お茶やってる人に、「茶事してよ茶事してよ」とささやき続けると、呼んでもらえるかもしれません。それが一番面白いから、あらゆる手を尽くしてやろうとしている。キキも朝早く起きてとか。

キキ それもあるけど、さっき言いたかったことは、三人で引っ越すのは決めたんです。それからすぐに「最初の茶事はいつ?」って。すぐやりたいと思った。この家が始まるということで、たとえば自分の先生も誘って、感謝の気持ちを表しかった。

 難しいところもあったけど、三人の力で簡単にできるようになったんです。一回目、2回目と少しずつ。だからたぶん最初はこれもないあれもないとなっているけど、それも関係なく、やれますよと。それが大事だった。

——道具がなくても茶事ができたと。

キキ そうそう。水差しがないと、先生に借りるとか。自分だけでやってたら難しいことも、簡単にできました。

陶々舎月釜


 ——これは鴨茶と言って、大陸さんが自転車に釜を積んで、鴨川でお茶をふるまっています。福太朗さんの鴨茶を広げて行こうと始めたそうですが。

大陸 そうです。一服一銭といって、室町時代の洛中洛外図を見ると、路上でお茶をふるまっている人が描かれていて、これ無茶苦茶面白そうだなと思いました。いまでいうと博多の屋台のような感じなんですけど、街中にもっとお茶をふるまう人たちがいたんだな。お寺の門の外とか、もちろん鴨川とか。

 大学時代にそれをやりたいなと思っていたら、福太朗さんがすでにやっていて、たまたまこの自転車は箱がついていてカセットコンロがしこめる。もともとお祭りの屋台のために作られた屋台自転車なんです。それをお借りして、茶釜を積んで始めたんです。


 そうしたら、見た目が不思議なので最初子供がたくさん来る。「何これトランスフォーマー?」「ロボットか」と言われて「点ててみたい」と行列ができる。するとやはりお母さん方も来るんです。なにやってるのかしらって。僕が点てると苦いというんですが、その男の子が友だちに点てると「美味しい」って。あれそんなことない。同じお茶なんだからって。

 でも多分そういうコミュニケーションというか。僕がここで学んだことは何かを差し出せるものがあるって素敵だなって。お茶を出すとかわりにお客さんがくれるんですよ。ここは出町なんで、ふたばの豆大福をくれたり。いただくとありがとうございますと感謝。お菓子や面白い情報をいただいたり、交換が自発的に行われるんです。それは最初にこっちが差し出さないといけなくて、差し出すと、明らかに怪しいじゃないですか。それを受け取ってくれるというのがうれしい。飲んでいただける。会話が始まる。現代社会ではあまり体験できないことを経験しました。


 

——キキさんはアスリートです。愛宕山を一時間少しで登ってしまうほどです。だからこそ毎朝三時4時に起きて朝茶ができるのでは。

キキ 毎朝ではありません。ときどき。日本の会社に勤めていてあまり時間がないです。だから勤めに行く前か、仕事終わったあとでお茶しないといけない。なので朝のほうが強い。むりやりお客さん誘って、明日五時に来ませんかって。2年間で一人しか来なかった。

大陸 一週間やって、毎日来てくれたとかもあったのでは。

キキ それはあとのこと。最初は3回くらい。友達やあまり知らない人も来ていただいて、そのときは三時半ぐらい起きて、朝ご飯作って、濃茶薄茶みたいな順番で、全部清めてから、出勤する。それで一日を過ごすとすごく気持ちよかった。

 でもやっぱり人が来ないので、ふたりに声をかけて、陶々舎のホームページで朝茶マラソンやりたいと載せました。七日間、仕事行く前に毎日。去年の1月2月ごろ。無茶苦茶寒くて、雪降ったりとか。お客さんがその時間に来てもらい、ありがたい感謝の気持ちがあった。すごい元気になりました。いまも少しずつやってるけど、お客さんがいないとお茶はできないというのは大事。お茶はひとりで座禅やってる感じではなく、相手があるとお茶ができることが大事です。

 

——三人は掃除が早くて、お茶の為に準備、庭や部屋を掃除する。かれらが引っ越して最初にやったのは、白いエアコンの機械を外して、天井にあった蛍光灯のライトを外して、ろうそくの炎と炭の火の明かりでお茶をするという環境をまず整えた。そのスタイルが徹底しているなと。これは福太朗さんが設計と言うかプロデュースした桂の茶室ですが。

福太朗 今日はこの茶室の方もご家族で来ていただいてありがとうございます。

まったくなんの経験もなかったんですけど、つくってくれないかとお声掛けいただいた。屋内なんです。3階建のお家の中の一角にがらんどうの状態から茶室を作って。実際に私が工事したというよりは、大工さんとふたりでああしようこうしようと話をして、ほんとうに自由に作らせていただきました。

 たとえばホテルの中で、軒が出た茶室が組み込まれたりします。でもいらないじゃないですか。あれは。そう考えたときに、家の中で、お茶をするスペースとはどんなものか考えました。そうすると、いらないものはやはり要らない。でもこうすると茶室になるという要素がある。私たちはいまずるい環境で過ごしていますが、そうじゃなくても、マンションでも、こういう場所でも、ちゃんと抜き出すところだけ取り出せば、お茶ができる空間にはなるのでは。

 簡単にそのまま形だけ、訳もわからぬまま写すと、訳わからんものができあがってしまう。私たちには何も物がなかったから、どうしたら差し出せるんだろうかとか。どうしたらこの気持ちが生まれるんだろうとか、よく見ると意外と抜き出せるというか、形を変えることができることに気づかされました。よい経験をさせてもらいました。


——これは利休がもし今待庵をつくったらというお題があったそうですが。

福太朗 形としては利休がつくったと言われる大山崎にある国宝待庵を写したものなんです。畳2枚の部屋に入るって苦しいわけですよ。それをいかに広く見せるかとか、そういう工夫が随所になされていて、それをダビンチコードならぬ利休コードと呼んでいるんですけど、つくるたびに利休コードがひとつひとつ解き明かされる課程が無茶苦茶面白くて、施主さんとワーワーいいながら。これはこうにちがいないとか過程がすごく楽しかった。

 お茶のいいところって、ソフトとハードが両方残っているんですよ。人間のからだは、4、500年、室町の頃からそんなに変わっていない。実際その環境に体がぽんと置かれたら、いきなりそこにタイムスリップすることができます。つまりお茶の点て方とか、どんな道具を使っていたかとか、両方ある中に没入すると、完全に過去に行けるんですよね。その体験が面白くて、それがいま稽古したりとか、そういう場所に身を置くと正しく戻れます。

(次回Part2 に続く)

火鉢のある暮らし

2017.01.13 |

去年の暮に火鉢生活を始めました。

仕舞天神で手に入れた鉄瓶で湯を沸かし、お茶を点てたり淹れたり、正月には餅を網で焼き、銅鍋をかけて湯豆腐やブリしゃぶも試しました。

火鉢と灰はネット。荒物屋と骨董市でほかの道具を揃えました、当初は値の張るクヌギの炭を取り寄せましたが、3キロも三ケ日の内にはなくなってしまいました。

そこで引っ張り出したのが物置にあったBBQ用のナラ炭。使ってみると火付けに苦労するもののヘンな匂いもせず、使用可能とわかりました。

出かけたり、寝る前に、炭を保存できる炭消し壺を探したところ、気に入ったものがありません。結局素焼きのプランターの鉢と皿2枚を組み合わせ灰を入れたら、これでばっちり。燃えさしの炭を入れ、蓋をすれば安全に消火できます。


 


 

陶々舎の月釜にて


『京都はお茶でできている』の制作を通じ、最も影響を受けて始めたのが火鉢生活です。

大徳寺のそばの陶々舎で、ロウソクの灯りのもと、炭火を使った鍋料理と燗酒をいただき、お茶を点ててもらいました。ロウソクの炎のゆらぎ、赤々とおきた炭の暖かさ、しゅんしゅんと聞こえる湯の沸く音。

その日は茶会ではなかったですが、豊かな夕べの時間がそこにはありました。

次はロウソクにチャレンジしようと、ひそかに考えています。

 

夜ふけのお茶

2016.11.13 |

 京都で、さまざまなお茶に出会いました。

 その中で印象的だったお茶を、いくつかご紹介します。

 陶々舎の若者たちは大変に忙しい。昼間はがっつりお仕事。土日はあちこちでお茶を点てています。稽古だって、ある。なので、取材の打ち合わせは平日の夜8時、陶々舎で、ということになりました。

 半袖が気持ち良い、初夏の夜でした。

お茶で楽しむ「暮らす旅 京都]

2016.11.07 |

京都を暮らすように旅をする。暮らす旅舎は駆け足の旅では楽しめない京都の魅力をこれまでとりあげてきました。

『京都はお茶でできている』では、茶道に限らず、日々お茶を楽しむ人びとの暮らしと、お茶を楽しむ場所を紹介しています。

陶々舎のメンバーのひとり、キキさん。チリ出身。ハワイで茶道を知り、京都に留学し、茶道を学びました。いまは宇治の茶園で仕事をしながら、陶々舎を拠点に茶会を開いています。

 

陶々舎で暮らす三人。左から中山福太朗さん、キキ・ガイセさん、天江大陸さん。

キキさんの茶箱は黄色い道具箱。


茶園の仕事で東京に出張するさいには、茶道具の入った茶箱を持参します。キキさんはそれを使って、オフィスでも公園でも抹茶をふるまいますが、東京では人々が驚きながらも楽しんでくれるそうです。

 茶室や炉がなくても、お湯さえ手に入ればどこでも抹茶は楽しめます。急須でお茶を淹れることすら少なくなった現代。たしかに抹茶は多くの人にとって遠い存在かもしれません。でも抹茶を点てる事は、コーヒーを淹れるよりも簡単なのです。

 もちろん自分ひとりでも抹茶は楽しめますが、家族や友達と一緒に美味しい和菓子と共に一服いかがでしょう。茶道の作法を知らなくても、人に差し上げたいという気持ちがあればよいのです。

 駆け足ではなく、「暮らす旅」流に京都を楽しむお茶の入り口はそこです。

 抹茶を家で飲んでみたいけど、敷居が高そうと思う人には、初めての抹茶セットもあります。またうつわ屋さんや骨董市を回って、気に入りの茶碗や茶器を探しも、きっと楽しい京都の旅になるはず。

茶房「元庵」であつかっている抹茶セット。

 気に入りの茶器があるなら、和菓子を見つけて、ぜひ鴨川や宿で美味しい抹茶時間を楽しんでほしい。

 『京都はお茶でできている』はそんな思いでつくりました。

 

『京都はお茶でできている』出版記念茶会

2016.11.04 |

京都はお茶でできている』出版を記念して、12月3日、4日にスペシャル茶会を開くことになりました。

本のなかで紹介しているユニークなお茶会を、陶々舎とショップ&ギャラリーYDSにご協力いただき開催します。

ひとつは陶々舎のキキ・ガイセさんと煎茶インストラクターの藤田乃里子さんによる「おちゃばー」。

玉露と日本酒、濃茶とビール、ほうじ茶とテキーラなど、お茶とお酒の出会いを楽しむかつてない茶会です。

*12月3日18時から おちゃばー 予約不要

       場所 ショップ&ギャラリーYDS


もうひとつは、大徳寺そばの陶々舎と船岡温泉を舞台に行う「茶と湯」です。

室町時代に武将たちが楽しんだという淋汗茶湯を再現するもので、

お風呂と茶の湯を楽しむ、陶々舎の人気茶会を開きます。

案内役として、銭湯の達人、日暮手傳舎の吉田玲奈さんが参加してくれます。

12月4日13時から 茶と湯 2,500円 要予約・先着順(陶々舎にメールでご連絡ください)

     場所 陶々舎

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